学校帰りの道すがら、雨が降って来た。
 今朝の天気予報を思い出し、降水確率は一桁だったはずと恨めしそうに空を見る。
 そんな予定外の雨。しとしとと、道を行く人が通り雨だと笑い、ほんの少し雨宿りに足を止めるくらいの些事。

 少し前ならば濡れることなどお構いなしに歩いて帰っただろう。
 なら今はというと、喫茶店の一角に腰を落ち着けていた。
 三人分の鞄を一席に積み上げて、雨にあつらえたような落ち着いた店内の音楽に耳を傾ける。

 窓際の四人掛けテーブル。荷物番のようにしながら店員さんが運んでくれた水に軽く手をつけながらメニューを一人眺める。

「園生くん、お待たせ。ほら、小鳥は奥の席」

 小事と、席を外していた小鳥と本野が帰ってきた。
 何だか渋い表情で小鳥は右手をピースの状態で無言に睨めっこをしている。
 そんな親友の背を促してから本野は、ゆっくりと着席した。

 同じ高校に通うクラスメイト。小鳥とは高校に入ってから知り合い。本野とは中学からの付き合いになる。

「ほら、メニュー表。その内、雨も止むだろうし――」

 その途端に、店内の音さえ遮るように雨の勢いが増した。
 窓から覗く灰色の景色に三人で顔を合わせて肩を竦めるしかなかった。

「ちょっと……やみそうにないです」

 今しばらくの滞在を考慮した二人のメニュー選びを待つ間、手持ち無沙汰に店内を見渡す。
 市内では有名な洋菓子主体の喫茶店らしく、雑誌などにも載るほどで小物などにも力の入った拘りようで女性に人気らしい。
 ティータイムからは少しずれた時間帯だが、雨宿りの客を除いても盛況だと思う。
 時折、人と視線がぶつかる。その殆どは店内の男性のもので、前に並ぶ二人が魅力的だからだろう。
 女性への興味がなかった。というと酷く誤解をされそうだが……近しいものにより上手く言葉にできないが、小柄で可愛らしい小鳥と、活発で明るい本野は対照的ながら姉妹のような睦まじさも相成って目立つのだろう。

 とある一件以来こうやって三人で下校したり遊んだりすることが増えたのだ。時に四人だったりもするが今日は気配を感じないので……その存在は、とりあえず忘れておこう。

「へっ? 出会い?」

 視線を外へと向けていると。突如、本野の素っ頓狂な声が上がる。

「そう、出会いです。私と駿也くんとの出会いを雪ちゃんは知っているのに、私は雪ちゃんたちの中学時代を知りません。これは不公平だと思いませんか」

 最後の言葉は同意を求めるように振られたが、圧されたように「そうだね」と返してしまった。
 と言っても、どう話すべきかを迷って本野と目が合う。
 お互いに苦笑いをするしかなかったのだが、示し合わせたようなタイミングであったために。

「どういうことですか、中学時代に一体、何が!?」

 忙しなく俺と本野を交互に見ている小鳥をなだめて、店員さんを呼び、注文の間に時間を稼ぐ。
 何から、何処までを話すべきかを迷っている内に。

「わかった、小鳥。それは園生くんに語って貰いましょう」

 口調は軽かったが、その表情は委ねると決意しているように見えた。
 小鳥が本野の中学時代をどこまで知っているのかわからないが……、自分の知ること全てを明かすわけにも行くまいと……小さく頷きながら、もう一度頭の中を整理する。
 窓から覗く灰色の雨雲があの時の暗澹とした気持ちを思い出させる。
 本野はすでに乗り越えたのだろうか。わからないけど、そうだと信じたい気持ちはある。
 俺は……どうなんだろうか。
 問いかけても答えは出ないだろう。
 そう自分に言い聞かせながら、中学の思い出を頭の中で整理する。

 出会いというならば、同じクラスになり自己紹介を済ませた時点で知り合いということになる……のだが。
 正しく友達という関係に到った時と考えるならば、少しばかり人と違う経緯になるのだろうか。

 有体に事件というならば、いじめが原因であった。
 今までと違う環境に。数年後に訪れる新しいステップへのストレスを少しでも忘れるためだったのかもしれない。

 最初は学級委員を決める時であった。前の学校、小学校で率先して学級委員になっていた二人の女子が衝突した。
 似たもの同士であったのか、互いに一歩も退かず……殴りあう勢いで言葉の応酬をし、委員の問題が終わってもそれは続き、ことあるごとに繰り返していたのを記憶している。
 口喧嘩だけならば、まだよかったのだが騒動は二人の間で止まってくれなかった。

 最初がどちらかは問題ではなかった。他の生徒も巻き込み相手を陥れる手段を用い始めていた。
 たかが噂と侮ることはできなかった。風評というものが恐ろしく、おぞましいと感じさせるには十分な力を発揮したのだから。
 最初は数人が主張する悪意のある伝言ゲームだったとしても、それが続けば真実味を帯びたように集団に捻じれ伝わる。
 二度目に同じ噂を耳にした時には尾鰭に羽まで生えた悪しざまな物言いに変化していた。
 そして集団にとってそれは真偽に関係なく認識すれば、それで十分だった。

 結果、片方の女子は自分のグループからも孤立し、次第に厄介ごとを避けるように他の生徒からも少しずつ、それでも日を追うごとに疎外されていった。
 だがクラス全員がそうである訳ではなかった。
 彼女には味方がいた。
 彼は孤立無援に思えた女子の最後の支えであった。のちに知った話では幼馴染だった模様で表立って抗議する勇気はなくとも慰め、励ましたであろうことは容易に想像がついた。

 そして思えばこの時から集団意識は暴走していたと思う。
 彼と彼女の関係を知る者は少なくはなかったようで……ある日からその男子が不条理に集団から遮断された。
 彼女への仕打ちがそのまま移行したようなやり口であったのだが、彼はある日、耐えかねたように怒声と共に拳を振り上げた。

 相手は彼女を蹴落とした張本人である女子。妥当なところではあったのだが、現実とは如何ともしがたく。
 引っくり返った机や椅子。さざなみのような静寂。
 暴力に怯み、平身低頭する少女。それは酷くおかしな光景だった。
 クラス全体をいじめの武器としていたなら、その力で自らを守らなかったのは、おかしな話であり。しかし現実には男子生徒が女子生徒に普通に暴力を振るう図にしかならず。どちらが被害者なのかさえ不明瞭に思えた。

 もしも主犯と呼べる人間がいなかったのなら?
 状況に明確な実体がなかったら?
 扇動する人間すらおらず、ほぼ全員が消極的な拒否感から今の状況が生まれたのならば?
 もしかしたら彼はクラス全員を殴ればよかったのかもしれない。
 そうすれば解決はしたのかもしれない。
 だとしても、そんな大それたことを起せる人間が何処にいるというのか。

 眼下の少女に謝罪の誠意を感じてではなくとも、事態を解決する力はないと悟ってか、悔しさを握り締めた拳を机に叩きつけて、彼の抵抗は終わった。
 そしてもう一つ終わっていた。彼と彼女の関係も。
 苛立ちや教室に漂っていた不気味なものを誤魔化すように彼は気の強かった女子へと話しかけて、無視された。
 きちんと目を見てから、拒んでいた。
 話しかけないで、そんな色合いで。
 そうすることで彼女は、いじめの対象から脱していた。
 彼という生贄の元に。彼を否定することで不遇の鎖を押しつけていたのだ。

 教室内の空気はおかしな澱みを帯びて、お互いを探るように警戒していた。それはホームルームが始まるまでの間、まるで張りついたような静けさと不気味さに誰一人として言葉を発する者はいなかった。
 しなければ、される。そんな集団心理が次の獲物を定めるまでに一週間とかからなかった。

 一度転がり始めたものを個人の力で止めるのは難しく。一学生では手に負えない。
 学生が一番に頼るべきは担任だろう。生徒の少なくなった放課後という時間を見定めて、いじめ……というよりも主導者のいない暴走を止めるべく助力を、本音をいえば解決手段を求めて訪れていた。

 現状を良くないものと捉えた生徒は他にもいたようで。

「園生くんも、その話なんだ」

 本野雪。同じクラスの女子で男女訳隔てなくつき合う活発な子、というのが最初の印象。面倒見も良いらしく友達の悩み事を聞き解決に奔走したりと、正義感にも燃えているようだ。いじめの前段階では諍いごとの止め役をしていたが全員が消極的、否定的に動くために起きる現象相手では難しかったようだ。
 彼女も同じ話題のようであったが……

「先生、それはどういうことですか!?」

 先生の、というよりは学校側の見解に本野は食ってかかるように問い詰めていた。
 本校にいじめはない。行き過ぎた喧嘩の範疇。大人の出る幕ではない。という結論。
 怪我などの直接的な被害もなく。また学校側としては騒ぎにしたくない、というのが実情だろう。
 何事もなく平穏に。それは大いに賛成なのだが、干渉がなければ確実にあの空気は続くのだろう。

 ただそこで本野に同調することなく。逆にたしなめていた。
 ここで口論をしても何も進展しないし、他の先生方の目もある。一先ず仕切り直しと言葉を濁しながら職員室から本野を引っ張り出していた。

「放せー!? ちゃんとした対応をして貰わないと……」

 まだ職員室へと伸ばす手が、彼女の熱意を表しているようで尊敬したくはなる。が、この場合はきっと逆効果だ。
 
「先生だって、何も手をこまねくだけじゃない。ここで騒いで拗れたら、それこそ本末転倒だろ」

 おそらく朝礼での話題やお知らせの一枚くらいが関の山だが、それは仕方がない。
 警察などと同じく、被害者がいないという現実が教師たちには事態を楽観視させて、危機感を共有できていない。
 それに本野は憤り、俺は早々に諦めた。

 結局、学校側の行動は予想の範囲内に終わった。
 それでも効果があったのか、数日ほどは静かな学校生活を過ごすことができた。

 ただ、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
 教室の狂った空気も予定通りとばかりに息を吹き返していた。
 大部分の生徒が、はったり……というよりも監視らしい態度一つ見せぬ教師たちに少しでも恥じた分を挽回するような勢いがあった。

 合図らしきものといえば小さなミスをしてしまった生徒を数人の生徒が嘲笑しただけ。
 それを粗方が咀嚼することで、いじめの標的にされた者は波紋が広がるように孤立した。
 怪我をさせず、一人を独りにするという数の優越を楽しみ。標的は一定間隔で替わるという暗黙のルールが追加され……最後には架空の生徒を主犯として、命令されているとして罪悪感を、いもしない何かに責任転嫁していた。

 そうして繰り返すごとに陰湿さが増していった。
 一時の持ち物の紛失。悪意のある衝突。などの行為が平然と衆目の中で行われ、小さな被害は勘違いや気のせいで片付けられて、見過ごされていった。

 日に増したものは暗さだけでなく。危険域を掻い潜るようなスリルを味わうべく積極的に行動していたグループもいた。
 気を大きくしたのか、偶然だったのか、いじめの対象であった女子が怪我をした。
 決して大怪我などではなかったが、肌を浅く切り血が滲んでいた。
 加害者側である女子は周囲に弁解するように早口で捲くし立て、怪我をした女子を逆になじっていた。

 腹に据えかねて、拳を握ったがそこまでだった。
 果たして人が殴れるのか?
 フェミニストという訳ではなく。意気地の問題だった。
 
 現実に解決したのは被害者である少女の友人。本野雪が相手を真摯に睨みつけて、釈明のみで謝らなかった女子を平手で思いっきり、はたいていた。
 教室内は水を引いたよう沈黙が訪れる。
 激昂ではなかったかれども、静かに燃え続ける炎のような怒りを溜めていた本野はそれらをゆっくりと燃焼させるように相手を問い詰めていた。
 それでも相手も往生際が悪かった。噂に上った主犯の名前を挙げて、まだ自分の正当性を主張していた。
 それがどうしたと本野は教室いた全員にその存在を一人一人名指しで問いかける。
 いない者の存在を明確に答えられる人間は誰一人なく。そして最後は目の前の少女へともう一度問い返した。

「これでもまだいるって言うの!?」 
 
 言葉はない。項垂れて、認めたくないと耳を塞いで首を揺するだけ。
 誰もが臆病であるからこそ、静観する。
 本野の言葉は加害者の少女に向けながら、全員へと告げるものだったと思う。

「もうやめよう、こんなくだらないこと。誰かを傷つけたって、何にもなんないよ」

 反論する者は誰一人なく。その日を境にいじめは終わった。

 本野とはクラスが分かれ二年目の高校生活はそれなりに緊張しながら送っていた。いじめとは別にとても個人的な理由で。
 いつだったかは忘れたがいじめの噂も耳にしたのだが、本野がいるクラスだったために杞憂だと一笑に伏していた。

 そして三年という中学最後にして、高校受験を控える中、再び本野と同じクラスになったことを素直に喜ぶことはできなかった。
 表面上、本野に変わりがなかったのだが、彼女はいじめの標的になっていた。知る限りより悪辣に変化したものを相手にしていた。

 いじめが行われているという事実よりも、本野がそれを跳ね除けなかったことに驚いてしまっていた。
 本野雪を全て解決できるヒーローだと勝手に思って失望するなど酷い話だ。
 そうであって欲しいという願望を押しつけて、一年前に楽観した己を恥じるも、助かって欲しいと願い。結局願うだけという矛盾した愚行をしていた。
 一週間もすれば対象が移ると思っていたが、一年分の変化はその形を屈折したものになっていた。本野雪だけを狙った長期的且つ陰湿なものだと。
 形式は一年の時と同じ孤立させることだが、授業や行事でさえも本野をいないものとして扱う徹底ぶりには卑劣しか感じなかった。
 同時に教師も黙認していた。本野一人が孤立したのは当人の問題だとして切捨て、学級としては何の問題もなく機能しているという事実が曇らせていた。
 自分も同類であったことを考えれば責める謂れはない。
 教室という環境においては、近づく者は全て機先を読んだかのように人の壁で道を塞がれて、本野と挨拶の一言すら叶わなかった。

 そんな日々が続き……
 誰もいない場所を求めて駆け回り、ようやく壁に手をついた時であった。
 放課後に気を抜いた結果に慌て、人目を避けられる校舎を繋ぐ三階連絡通路で息を落ち着けていた。
 傍から見れば階段を駆け上って息が上がったように見えるかもしれない。
 まあ……それなら体力不足と笑われるだけなので、むしろありがたいのだが。

 物静かな階段は階下からの足音を大げさに伝える。上履きの音から生徒であることはすぐにわかったのだが……
 
 本野だった。

 三階には三年生の教室があるのだから当たり前だと嘆息すると、階段をさらに上っていく音を耳にした。
 その背は疲れきったように見えた……だから、あまり生徒の近づかない屋上は進行方向として納得ができた上で、落ち着かなかった。

 胸の鼓動の所為だろうか。
 いや、そんなことはどうでも良い。逆に屋上ならば他の生徒に見咎められることもなく本野に話を聞くことができる。

 ただ、もう一人分の慌しい足音が聞こえて来たために、もう一度だけ視線を階下へと向ける。
 誰かに邪魔をされたりしては誤解を生みかねない。ただそれは疑い過ぎであった。

 息を切らして血相を抱えた女生徒がいた。
 彼女は三年間、本野と同じクラスであり、また一年の時、最後にいじめられた子。

「……あの、雪ちゃ……んは、こっちに来ませんでしたか!?」

 本野を探して校内を走り回っていたのか、熱のように汗を掻きながらも顔色は優れない。屋上を示して指差すと表情をさらに蒼ざめさせた。こちらまで嫌というほどに悪い予感が広がる。

「私、酷いこと、言って……謝りたくて……、でも……」

「もしかして、いじめの……件?」

 返事がなくても、叱られたような面持ちに屋上へ先に行くとだけ伝えて、振り返る。
 杞憂であれば良い。確かめた後に己の間抜けさを一笑しよう。事態を軽く見て、また後悔だけはしたくない。そんな一身で。
 彼女の顔色が表していた想像が、焦燥感をひたすらに煽る。たった一階分の階段を駆け上がっただけなのに、再び息は上がる。それでも時間を惜しむようにして呼吸を整えることなく屋上の扉を押し開けていた。

 フェンス越しの本野の背中。
 その現実味のない光景の所為だろうか、消えてしまいそうなくらいに儚く見えて――
 一瞬だけ固まってしまった意識を揺り起こして、再び本野を見る。
 制止は無理だった。
 すでに本野の身体は足場を失ったようによろめいて、空に舞う。
 叫んでいたと思う。後は無我夢中に身体を動かして……

 語るまでもなく本野も俺も生きているのだから助かったという訳なのだが……
 学校の茂みが手入れ不足で生い茂っていてくれたお陰で、お互いに軽症で済んだ。
 身体の痛みよりも、地上から屋上までの距離を見上げて、とんでもないことをしたという気分になる。
 今さらに思い出した恐怖で竦むよりも、するべきことがある。
 本野と話せるのだ。
 けれども、肝心な内容は屋上に置き去りにしてしまったようで、いじめに関することを訊ねることはできなかった。
 その判断の善し悪しはわからないけれども、否定は怖いのだ。
 いじめを解決したヒーローでもなく。集団の陰湿さに負けた少女でもなく。何も知らなかったように、当たり前に振舞おう。
 そして肯定しよう。
 本野を。本野が無事でよかったと思う心を素直に言葉にしようと思った。

 その後、本野は本領を取り戻したように立ち直り、友達とも仲直りができた。
 いじめの件も概ね問題なく収束した。
 自殺未遂という話題は一日で校内に伝わり、当事者には思い当たる節があったのだろう、誰もが怖くなったのか本野への風当たりは凪のように収まった。
 学校側は揉み消すように本格的な対策に乗り出したということもあるかもしれない。
 騒動が終わり。また今でも無事でよかったと今でも胸を撫で下ろせる。

「つまり――友達と喧嘩をした時に間を取り持ったのが駿也くんという訳ですね!」

 すでにウェイトレスさんによって運ばれた焼きプリンへと手を伸ばしつつ、小鳥は安心したように頷いていた。
 騙すようで悪いけれども、思い返した事実をさらりと話す訳にもいかず、かなり濁した上で圧縮していた。
 半分くらいは事実だと己に言い聞かせながら。
 本野の方も、どう語るのか気にしていたのだろう。何も手をつけず、所在なく両の手を掴んでいたが、今は一段落ついたように緊張を解いて小鳥の問いかけに対応していた。

 気がつけば雨の音もなくなり、空には太陽が顔を出していた。

「本野はさ、あの時のことを後悔したりはしないか?」

 思い返して改めて考える。あの時もっと良い手段があったのではないかと、あんな事態になる前に何かできたのではないかと。

「うーん。ない……と言ったら嘘になるけど」

 腕組したままに本野は真っ直ぐにこちらを見据えて。

「そういうのもまとめてさ、今の私だ! って胸を張るならきっとありなんだよ」

「雪ちゃん、かっこいいです……」

 言い切る様はすでに過去にとらわれない明朗なもの。
 男女関係なく、慕われるのにはそういった力強さがあるのかもしれない。
 男としては未だに引き摺っているのが情けないことこの上ないけれども仕方がない。
 でも、それなら俺も気持ちを切り替えよう。

「じゃあ、後悔しないために先んじて勉強の方も頑張ろうか」

「それは意地悪な返しだよ……」

「でも雪ちゃん。赤点を取って補習は嫌じゃありませんか?」

 小鳥の一言にゆっくりと首を縦に振ってくれた。
 思い出して落ち込むくらいならば、本野を見習い少しでも前を見る努力をしよう。
 今は無理でも、いつか自信を持って人に誇れるくらいに。


fin