<ゆきのけん!>
 
 昔の夢を見ていた。
 私と小鳥が出会って間もない頃だ。
 私はやんちゃで怖がる小鳥をひぱって近所の男の子達に混ざっていた時期があった。
 だがある日遊びで私と小鳥がゲームに勝ってばかりで男の子達の反感を買ってしまった。
 私も当時は怖い物知らずだったから売られた喧嘩は買った。
 結果集団でボコボコにされた。(小鳥だけは守りきったけど)
 悔しくて小鳥と二人で泣きながら我が家に帰った。
 その様子を見て父は私にこう言った。
「よし、お父さんに任せなさい」
 一時間後、私と喧嘩した男の子達が川原に集められた。
 男の子達は怒られると思ってバツが悪そうにしていた。
 私もザマミロという気持ちと、自分の喧嘩に親が出てくる居心地の悪さを味わっていた。
 だが
「君達、話がある」
 そういってとった父の行動は、ヒドカッタ。
「どぅるるるるるっるらぁあっぁぁ!!!!」
 男の子を拳で思いっきりぶん殴った。男の子は吹っ飛んだ。
「大人の暴力舐めんじゃねぞぉクソガキ共!!」
 いい大人が子供に全力で暴力を振るう様は、まさにかっこ悪かった。
 ぶっちゃけこの時期父は浮気が原因で母に逃げられて機嫌が悪かった。
 八つ当たりだとよくわかった。
 しかも
「ちょ、おま、すね蹴るな、痛い、が?バット?お前ら凶器は卑怯、イタイイタイ止めて」
 最初こそ混乱していたものの統制を取り戻した男の子達に、父は反撃を喰らい、10分で酷いボコボコにされた。
 勝ち鬨をあげて帰っていく男の子達。小鳥は父の心配をしていたけど、私はもう哀しくて死にたかった。
 そんな私を見て父は何故か悟ったような優しい瞳で、私にこう語りかけた。倒れたまま。
「いいか、雪。その悲しみを忘れるんじゃない。そうすれば我が家一子相伝の奥義は、お前にも」
 もう父の言葉なんか聞きたくなかった。私は三日ほど家出した。
 その間に母は家に帰ってきた。そして父を尻に敷いている。 
 母に怒鳴られながら、父は時々あの優しい悟った目をするけど、尊敬の念は一切沸かなかった。
 そうしてその後、男の子達が調子に乗って私をいじめに来たのを、返り討ちにしたような、はて。
 その辺は記憶が曖昧で覚えてないんだよなー。
 むにゃ
 おなかすいた……

「授業中にご就寝とはいい身分だな。本野」
 私、本野雪が寝ぼけ眼を擦るとそこには数学担当の池田先生のひくついた顔があった。
 そっか数学かー。そりゃ眠くもなるよ……
「ふぁい」
 生返事でとりあえず教科書を持つ。
「逆さまだぞ」
「ふぁい、すいません……」
「しかもそれは英語の教科書だ」
「ふぁい」
「……いい事を教えてやろう本野」
 池田先生の眼鏡が光った気がした。でも私は半分夢うつつだった。
「本野、中学ではどうだったか知らんが、この学校では一学期に赤点を四つ以上とるとな」
 そういえばこの前テストだったっけ……?
「進級できないのだ」
 はて、それはどういう事
「えー!!」
 教室に可愛い叫び声がこだまする。この声は私の親友、ついこの前大親友になった高梨小鳥の声だった。

―放課後―

「どうしたの小鳥、授業中にあんなに大声出して?今も何かプルプル震えてるよ」
 授業終了後に小鳥が私の席までやってきた。
「とりあえず一緒に帰ろう?園生くんも一緒に……」
「雪ちゃん、お話があります。着席」
 ちょっと怖いな小鳥……帰ろうとした私はとりあえず席に座りなおす。
「雪ちゃん、この前のテストは、どうだったんですか?」
「どうだった、というと?」
「赤点いくつ取ったんですか?」
「なんで赤点前提な訳?」
「じゃあどうだったんですか?」
「ん?どうでもいいから点数とか見てない。多分大丈夫だよ?」
 私のその言葉を聴くと小鳥が私の机を問答無用であさり出した。
「ぎゃー!かびたクリームパン!」
 あ、忘れてた。
「まったく雪ちゃんは雑すぎます!……ぎゃー!干からびた食パン!」
 はて食パンなんて買ったっけ?
 そうして小鳥は消耗しながら私の机を掻き分けて、何枚かの紙を取り出した。テストだ。
「国語、12点。数学、1点。化学、3点。英語、5点……」
 あれ、おかしいな?
「私の手ごたえでは全部60点ぐらいは取れてると思ったんだけどなー?」
 小鳥がふらりと倒れこみそうになる。どうにか踏ん張ると私の手を掴んだ。
 そして数分後
「どうかこの本野雪に追試の機会を!」
 私と小鳥は職員室で先生に頭を下げて追試のお願いをしていた。

「本野って成績悪かったのか?」
 なんとか追試のお願いを聞いて貰って職員室から出てきた私達を待っていたのは園生駿也くんだった。
 私の中学の同級生で、今はとりあえず友達だ。
 事情を聞いた園生くんは、小鳥から突きつけられたテストを見て複雑な顔をした。
「……でも追試もあるし追試は40点以上で大丈夫なんだろう?一晩頑張れば何とか」
「そうだよ小鳥、私一応この高校受かってるんだし勉強すれば何とか」
「雪ちゃん、シチハチ?」
 小鳥のとっさの問いに私は反射的に答えた。
「65!」
「!」
 あれ、園生くんが凄いびっくりした顔してる?
「やっぱり元に戻ってる~」
 小鳥が半べそで肩を落とした。
「冗談だろう?」
 園生くんが苦笑いしてる。
「雪ちゃん、三角形の面積は?」
「え?確か、縦×横×斜め」
「……」
「……」
 何?何?二人の沈黙が痛いよ?
「小鳥、本野ってどうやって受験受かったんだ?」
 遠い目をして園生くんが聞いた。小鳥も遠い目をして答えた。
「三年計画でした……」
 小鳥の目には涙が浮んでいる。
「あー、そういえば中学の時よく一緒に勉強したよねー」
 と、私が言うと
「そんな呑気なものじゃなかったです!」
 小鳥がちょっとマジギレしてる……
「教えては忘れ、教えては忘れ、九九から始まり貴重な中学の休日を大半雪ちゃんの勉強に充てて……」
「ああ、そういえば小鳥勉強教えるの上手だったよねー」
 と、私が言うと
「上手くならざるをえなかったんです!」
 ああ、やっぱりマジギレしてる……
「そうやって三年間私とお兄ちゃんで必死になって勉強教えたのに……模試でE判定が初めてD判定になって、一縷の望みをかけてようやく同じ高校に受かったのにー」 
「良かったよねー、おかげでこうして同じ学校に通える……」
「同じ学年でいられなくなりそうなんです!わかってますか!?」
「はい……」
 小鳥の形相がもはや般若だったので私は少し事の重大さがわかった気がした。
「とりあえず追試を頑張れば良いって事だよねー、頑張るよ!」
 私が場を和まそうと明るく言うと、
「雪ちゃん、クハ?」
「え?く、クハ、えーと、9が8個だから、9、18、23、31」
「……高梨、本野ってどうやって高校入学したんだっけ?」
「……奇跡でしたね。さようなら雪ちゃん。先輩と後輩になっても仲良くしようね」
「あ、あれ、何で二人とも凄いヘコんでるの?べ、勉強教えてよ?」
 私が小鳥にお願いすると、小鳥は何か悟ったような目で
「もう賽の河原の石を積むのにも疲れたんですよ……」
 と呟いた。
「よしわかった!」
 急に園生くんが気合を入れた。
「高梨とお兄さん二人だけじゃない、俺も力になるよ!」
 え、それって園生くんが勉強教えてくれるって事?
 それを聞いて小鳥も溜息を一つついたものの少し笑顔で
「そうですね、このまま留年させるのも可愛そうです。三人で一晩、やるだけやってみましょう!」
 そう言って私の肩に手を置いた。
「よし!じゃあ今夜は三人で徹夜で勉強会だ!」
「おー!」
「おー!」
 三人で気勢を吐いて早速勉強すべく小鳥の家へ向かった。

 だが

「徹夜で勉強会だなんてお兄ちゃん許しません!」
 小鳥の家では、小鳥の兄、そして私の幼馴染、高梨鳥居が仁王立ちしていた。
 っていうかどこで聞いてたんだ。またストーキングしてたのか?  
 高梨兄はプルプル震えながらこう叫んだ。
「あれだろ!勉強会って言うのは、毛が生えてる所を見せ合う勉強会だろ?そんなマネさせるかー!」
「死ね」
「ひでぶ!」
 私が高梨兄の鳩尾に拳をめり込ませると一撃で死亡。だが
「確かに勉強会は頭をつき合わせてやりますが、何か問題でも?」
 と、小鳥が不思議そうな顔をしている。
 私が汚れているのか?
 いや小鳥の奴、園生くんの前だからってカマトトぶってるな……!? 
「あれだろ!勉強会って言うのは、保健体育の実技だろ?そんなマネさせるかー」
「死ね」
「あべし!」
 私が高梨兄のこめかみに指を突き入れる(ぐらいの勢いで突くと)と高梨兄の頭が爆発した(様な気がした)
「雪ちゃん保健体育だけは成績いいんですよねー。いやらしい……」
 ちょっとまてそこだけ何故強調する?わざとだな小鳥?園生くんの前だからだな?
「?保健体育だけでも追試を免れたのは良い事じゃないか。何がいやらしいんだ?」
 と、園生くん。真剣な表情だ。どうやら私が馬鹿にされたと思って怒ってくれたらしい。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……」
 しゅんとする小鳥。私も何故か謝った。
 うん、汚れてたね、私達。
「とにかく3Pなんて神が許しても、この高梨鳥居が許さぬ!神妙にしやがれ!」
 高梨兄が歌舞伎みたいな見得を切る。
「具体的には?」
「淋しいんで俺も勉強会に混ぜてくださいー」
 急に低姿勢かよ!?
「まぁお兄ちゃんは勉強 だ け は凄いので力を貸して貰った方がいいでしょう」
 小鳥のまとめで高梨兄も勉強会に加わる事になった。
 私としては、生理的にかなり嫌だが、高梨兄は頭はいいので力になって貰うのは悪くない。

 そして

「作戦会議!」
 in 小鳥の部屋。
 そうして私達四人は勉強会をする事になったのですが
「数学は捨てましょう」
 小鳥の第一声に他の二人が頷いた。
 えー、いきなり諦める所から?
「ちょっと、私だって頑張れば」
「九九も出来ない人に高等数学が解けるはずないです」
 再び頷く二人。
「とりあえず七教科赤点だった訳だから四つ回避すればいい訳だろう、小鳥」
 私のテストを見て高梨兄が顎を撫でる。
「そうですねー、唯一二桁だった国語は押さえるとして、後は暗記で何とかなるのは……」
「高梨、暗記なら化学と生物と歴史だ」
 私を置いてけぼりにして会議が進んでいく。
 私はその間世界平和について考えていた。
 ……
 …
「「「なんでお前他人事なんだよ!」」」
 ツッコミが入った!
「雪ちゃん!何か、何か得意な教科は無いんですか?」
 会議は相当紛糾していたらしく小鳥が必死に私に質問してきた。
「え?えーと、英語、英語は得意だよ」
 と私が言うと
「本野雪、『このペンは私です』って言ってみろ」
 高梨兄
「This is pen is me」
 ……
「惜しいか?」
「うーん、数学に比べれば希望は見えるかも」
「単語で30点とれば後は和訳で何とか……」
 再び私を置いてけぼりにして会議が進んでいく。
 私はその間ドリルがどうやったら女にも似合うのか考えていた。
 ……
 …
 うん、やっぱりドリルは男の武器だよ。
そんな私を完全に無視して会議はどうやら結論に達したらしい。
「教科書をとりあえず丸暗記して、応用問題は捨てる」
「時間が無いですからね、そうしましょう」
「国語はどうするんだ?」
「ヤマをはりましょう」
 と、いうわけで勉強会が始まった。
 私はひたすら教科書の内容を暗記しては、覚えているかどうかテストされた。
 しかし、21時をまわった頃
「眠い……」
「何言ってるんですか!?雪ちゃんの為の勉強会ですよ!必死で覚えてください」
 そんな事言われても、眠い物は眠い。私はあくびを一つすると、とりあえず小鳥のベットの中に潜り込んだ。
「八時間仮眠ー」
「それは仮眠とは言いません!」
「ぐー」
「寝るな!」
「本野、皆お前のために必死になってるんだぞ。それを無駄にするつもりか?」
 うう、園生くんに怒られたー。私は仕方なく目をしょぼしょぼさせながら席に戻ろうとした。
 と
「仕方が無いな、本野雪、眠気覚ましをしてやろう」
 高梨兄が私の背後にゆっくり回り込む。
 !殺気!
「秘儀!せんねん……」
 私は突き出されてきた高梨兄の指を掴むととりあえず90度折り曲げた。
「目が覚めたわ、頑張りましょう」
 喰らったら二重の意味で死ぬところだったわ。
「お兄ちゃん、最低です」
「?」
 園生くんだけは何がされようとしていたのかわからない様子だった。
 だが、
 私に急激な痛みが襲い掛かった。
「な、何で?」
 痛みに膝を折る私を高梨兄が得意げな顔で見下ろした。
 指は90度曲がったままだった。痛くないのかアレ。
「ふふふ、見たか我が高梨家に伝わる奥義を!」
 いや長時間座ってて辛くなっただけだから!
 しかし!
「お前の命はあと五秒」
 高梨兄は手のひらを広げたが二本ほど90度に折り曲がってて出来てなかった。
 そして!
「ゼロ」
 五秒じゃなかったの!?高梨兄が指を無理やり曲げて握り締めると
「い、いたぁい!いたたったたた!?」
 私の痛みが急激に増した。え?これ?何?
 とにかくこの痛みは洒落にならない!
「こ、小鳥、お願い、園生くんと、高梨兄を、部屋から追い出して」
「へ?何で……?」
「いいから!」
 必死の形相をしていたと思う。三人は三様にビックリした顔をして、そして小鳥に促されて男二人は出て行った。
 私は小鳥に自分の鞄の方を指差して
「こと、り、くすり、あるの、わたしの」
 もう痛みでカタコトだった。小鳥は最初キョトンとした顔をしていたが、ハッとして
「あ、ああ!じゃ、じゃあお手洗い行って来たらいいですよー。二人は誤魔化しておくのでー」
 と言いながら苦笑いした。
 しかし私の抱えていた問題はそこじゃなかった。
「それが、自分じゃ、出来なくて、ことり、お願い」
「え?」
 小鳥の表情が引きつった。
「雪ちゃん、子供じゃないんだから。それにいくら親友でもそれは」
「でもどうしてもできなくて痛たたたたたたたた!!」
「(大丈夫か!?本野!?)」
 部屋のドアの向こうで園生くんが私の叫びを聞いて心配して声をかけてくれる。
「(我がことながら心配になってきた。ちょっと親父呼んで来る)」
 高梨兄も慌てた様子で廊下を走っていく。
「いいから!いいから!」
 思えばここで先生を呼んでもらえばよかったのだ。だが私の中で余計な羞恥心が働いてしまった。
 先生に連れられていけば皆に私が何をされたかお察しされてしまう。だが今なら小鳥だけで済む。
「ことり、お願い、はやく」
 もう必死になってる私に小鳥は唾を飲み込んで
「わ、わかりました。じゃ、じゃあ、僭越ながら」
 小鳥は慌てて私の鞄の中を探す。そして
「み、見つけました。じゃ、じゃあ使います!」
「お願い……」
「わ、わー」
 小鳥のひいた空気が伝わってきたが私は薬を使ってもらおうと必死で
「大丈夫か本野雪!親父を連れて き た    た 」
「本野!しっかりりりりりりrr」
 高梨兄に悪意は無かったと思う。私を心配して扉を開けたんだと思う。
 園生くんも同じだろう。
 でも
 でも
 …………
 ……
 …

「さ、さて、勉強会、再開しましょうかー」
「そうだねー、お兄ちゃん、ハリキッチャウヨ!」
「ウン、オレモ、チカラニナルヨ」
 私は、ただ、哀しかった。
 何がって、何もかもだ!
「さ、さあ、次は数学ですよー、く、九九からはじめましょうかー?」
「そうだねー、お兄ちゃん、ハリキッチャウヨ!」
「ウン、オレモ、チカラニナルヨ」
 この皆の思いやりが私の哀しみを深くしていく。
 哀しくて、死にたかった。 
 死ぬっていうか、無になりたい。無に。
 無に。
「小鳥」
「な、なんですか?雪ちゃん!?お菓子食べますか!?おねむですか!?」
「問題出して」
 私の中で何かが生まれた。
「えー、と、じゃあ、『(1)2x+1/3>=9x-2/12-x+5/4(2)2x+6>√7x(3)ax-a 「おい九九も怪しいのにそれは無理だろう……」
「20個」
 私の中で瞬間的に答えが生まれてきた。
「へ?え、あ、合ってます。正解です……」
 小鳥が唖然としている。高梨兄はキョトンとしている。園生くんは固まったままだった。
「こ、これは、まさか……」
 高梨兄の眼が見開かれた。
「この、哀しみを背負ったオーラは、まさか、あの奥義を……」
「あ、あの奥義って?」
「哀しみを背負った者だけが会得できる、無から転じて生を拾う技だ」
「?よくわかりません。でも雪ちゃんがもの凄いへこんでるのはわかります」
「つまり今の本野雪はあらゆる問題に正解で対応できるカウンター状態なんだよ!」
「ソレッテ、ムソウテ」
「言うなぁ!園生駿也!」
 そういえばこの状態でいじめに来た男の子達を倒したっけ……今思い出したよ。
「この状態なら東大にも合格できるはずだ!」
「そうですか!じゃあ、じゃあ、この勉強会はお開きですねー」
 小鳥が変なテンションで勉強会を閉めた。
「じゃあお兄ちゃん、寝るから。じゃねー」
「ウン、モトノ、ガンバレ」
 高梨兄と園生くんが部屋から出て行く。
「よし、じゃ、じゃあ雪ちゃん、寝ましょうかー?今日は二人で一緒に寝ましょうー」
 半ば無理やりベットにねじ込まれた私は
 私は
 静かに
 小鳥の腕の中で、涙して、眠りについた

 次の日
「先生、雪ちゃんの追試お願いしますー!」
「あ、ああ、いいが本野、背中がすすけてないか?」
 先生が心配してくれたがどうでもよかった。
「先生」
「ん?」
「七教科30分でやるので同時にお願いします」
「本野?正気か?」
 びっくりした顔をする先生と小鳥。
 私はもう何もかもどうでもよかった。すべてを終わらせて、貝になりたかった。
 ――
「じゃあはじめ!」
 追試が始まった。小鳥が教室の窓から私を見守っている。
 今の私には問題を読むだけで答えが頭に浮んできた。
 次々と問題を解いていく私に先生は呆然としていた。
 私はただ無為に、問題を解き、これが終わったら旅立つ決意をしていた。
 去ろう。皆の前から。今の私なら一人でも生きていける。
 哀しみを背負って、一人で生きていこう。
 だが教室の外から私を見る小鳥の頬に一筋の光が。
 あれは、涙……?
 そこへ園生くんが走ってくる。そして小鳥と言葉を交わして、真剣な、追い詰められたような表情で私を見る。
 そしてボロボロと涙を流した。
「どうして……?」
 私には二人の涙の理由がわからなかった。わからなかったけど、それは聞かなければいけない事だってわかった。  
「やめ!」
 問題をすべて埋めるのと止めの合図は同時だった。
 私は後ろで先生が何か言ってるのも聞かずに、廊下で泣いている小鳥と園生くんの元へ行った。 
 二人は私を見ると、同時に頭を下げた。
「ごめんなさい雪ちゃん!」
「ごめんな!本野」
「え……」
 何故謝られるのかわからなかった。でも考える間もなく小鳥が嗚咽しながら言葉を紡いだ。
「一番傷ついてるのは雪ちゃんなのに、見捨てて勉強会終わらせちゃって、これで雪ちゃんが留年したら、私、わたし……」
「俺も、辛い思いをした本野の事なんか考えずに、ただ恥ずかしくって、ごめんな」
 二人はあんな醜態を晒した私の事を、本当に心から気遣ってくれていたのだ。
「雪ちゃん、もう一度先生に追試をお願いして、一緒に勉強がんばりましょう!」
「今度こそ、本野の力になる。約束する」
 二人は目を真っ赤にして、真剣に私を見つめてくれた。
 私は哀しみを理由に逃げようとしたのに
 真っ直ぐと。
 ああ。
 わかった。
 こんな力なんかいらない。
 何があっても真剣に見つめ合ってくれる仲間。私はそれを信じれば良かったのだ。
 哀しみなんて
 友達と笑いあう喜びに比べたら
 そして
 私はスイッチが切れたように
「本野雪の体から哀しみのオーラが消えていく……」
「!?お兄ちゃん!?いつからそこにいたんですか!?」
「園生駿也と同時だ。これで、本野雪は」
 ――
 あれ、ここ、どこ?学校?
 おかしいな確か小鳥の家で勉強会をしてて……
 あれ、そこから先が思い出せないぞ?
 ……そしてどうして小鳥と園生くんが泣いてるの?
「小鳥!何かあったの!?」
 そんな私の問いに小鳥はキョトンとした後、笑顔で
「何でもないですよ。雪ちゃん」
 そう言って私の胸におでこをあてた。
「ああ、何でもなかったんだよ、本野」
 園生くんも泣き笑いだ。
「哀しみと共に記憶を封印したか……」
「?高梨兄、あんたなんで学校にいるの?」
「愛だよ、愛」
 真顔で言う高梨兄に、私は気恥ずかしくなって
「バカ」
 ちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。
 でも何故か私にはその言葉が凄く胸に響いた。
「さて、雪ちゃん、帰って勉強会しましょう」
「あ、そういえば私追試だっけ?ま、一晩頑張れば何とかなるよねー」
 そういう私に、小鳥と園生くん、高梨兄が目を合わせて苦笑いした後
「そうですよ、頑張りましょう、雪ちゃん」
「ああ、本野なら出来るよ」
「俺様も力になってやろう」
 そう言葉をそろえた。
「ありがとう、みんな!」
 私も笑顔で返して帰ろうとすると
「その必要はないぞ、本野」
「?先生?」
 追試の担当をしていた先生が声をかけてきた。
「お前の回答スピードがあまりに凄いので、答え合わせしたんだが」
「まさか?」
「全教科」
「満点?」
「いやだなーいくらなんでもそんな事あるわけないよー」
 有り得ない事を揃って言う三人。私がまんざらでもない顔をしていると、先生が鼻で笑った。
「いや、まー、凄いのかもしれんが、とりあえず見てみろ」
 教室に入って四人で返ってきたテストを見る。
「42点、20点、48点、41点、46点、35点、52点」
「び、びみょーですね……」
「?っていうか私いつの間に追試受けたの?」
「それはいいんです!」
 小鳥が何かを封印するようにぴしゃりと言った。
「まあ、留年は免れたから、いいんじゃないのか?」
 そう言って園生くんは私の頭を撫ぜてくれた。
 嬉しかった。
「よくわかんないけどやったぞ私!よし、じゃあ何か食べて帰ろう!」
 ブイサインをする私に小鳥が嬉しそうに
「じゃあ全部雪ちゃんの奢りですねー」
 と言った。続いて他の二人も
「じゃあ本野のご相伴にあずかろうかな」
「当然俺様も食べるぞ」
 と来たもんだ。
「なんだよー、もー、じゃあしょうがないな、今回だけだよ?」
 何故か私も乗り気になって、そう答えると快哉が上がった。
 四人で帰る。
 いろんな事を話しながら。
 何故だか知らないけど、いつもよりそれは楽しくて
 私の中ではそれがずっと続く、そんな確信があった。
 そう、この四人がいれば大丈夫だ。
 どんな哀しみにとらわれたって、他の仲間が救い出してくれる。
 まるで演奏の様に、助け合って、伸ばしあう。
 私達はカルテットなんだから!


 fin